BAND INTRODUCTION      Blue-Jug No.13/1983.12.25
  練習!? 俺たちにとっては、街を歩くのも練習なんだよ。本当さ。
 
■'83.9.30/スタジオ19でのピクチャーシートレコード録音風景

 初めてバンドを組んで演奏活動を始
めた時、ただやみくもで、方法論も無
く、何がやりたいのか良く分かってい
ない。恐しく元気がいいが、妙にギコ
ちない。コンスタントにトリを務めれ
るかどうかは、キャリアの差だけでは
ないのだ。「俺達がふっきれたのは、
1982年だった。」と語る佐谷光敏。
80'Sファクトリー危機のうわさが博多
を駆け廻っていた2月、モダンドール
ズは、世間と交流を断つて10日間の
強化合宿に入つた。「知り合いの家
にスタジオがあったんで・・・朝9時
に起きてすぐにスタジオに入って、
毎日10 時間、昼にメチャクチャ辛い
カレーを食べる以外は、ぶっ通しで
練習ばかりやったね。

夕方はミーティング、曲は、夜中書き
あげていった。この時の曲はLove Me
Just a Little、モーテルズマッチ、Don't
Look Back、オー・ダーリン等がある。
「そう1981年までは、ロックはツッ
パっていないといけないといった概念
があったからね。コマーシャリズムな
歌は、心の何処かでは好きな部分があ
ったけど、歌えなかった。とも語る。
最近MODERN DOLLZはポップになっ
たと聞くが、確かにフッきれたのだろ
う。  MODERN DOLLZの結成は、
1978年春。ライヴで顔を合せていた佐
谷光敏、苣木土之、梶浦雅裕らは、ダ
ムド、ジェネレーションX にあこがれ、
バンドを結成、MODS森山達也に見い
出され、今や伝説ともなったライヴハ
ウス照和でのヒストリーオヴブリティ
ッシュビートに参加、ライヴ活動を続
けたが、同年冬には音楽性の相違を理
由に解散している。苣木、梶浦が、狂
い咲サンダーロードの映画音楽作制の
為に、MODSに加入したのは、この直
後だった。約1年。メンバーを全く失
なった佐谷は、MODERN DOLLSのバ
ンド名を背負って、ひどく渇望してい
た。ある日佐谷は以前無名のバンドを
組んでいた、ギター平山克美に電話を
かけ、会って話し込む(コステロやグ
ラハム・バーカー等)うちに、新しい
M−DOLLZの輪郭が浮かびあがって来
るのだった。数日後、M−DOLLZが
メンバーを探していると


聞いた松川秦之から、ドラムと一緒に
入れて欲しいと電話がかかって来たが、
ギター松川秦之が加入するには、エピ
ソードがある。モダンドールズには、
オフでもステージでも酒のイメージが
ついて回る。初めて松川と連れのドラ
ムに会った佐谷は、全く酒の飲めない
2人に、10回はいたらバンドを組むと
約束して、飲みに誘うが、ドラムは佐
谷の靴の上に8回目の吐湯でダウン。
めでたく10回をクリアーした松川泰之
はモダンに正式加入する事になった。
 それから半年間は、ベース、ドラム
が定着しないまま、メンバーチェンジ
を重ね、作曲活動を続けていたが、19
80年結成したばかりのスロットマシー
ンから、ベース田中宏行、ドラムス倉
井正浩が脱退、モダンに参加、現在の
メンバーに至る。 この年12月には、
MODSは、80'Sファクトリーでラストコ
ンサートを行ない、博多を発っている。

  MODSの影に隠れた存在だった、
M−DOLLZだが、本当の意味での活動
は1981年から始まった、と言える。
 根底に、ラモーンズ、フィールグッ
ドを持ち、ブリティッシュビートの疾
走感を全面に押し出して、80'Sファク
トリー、多夢、L−MOTION、ロック
クラッシュ、ドラム、そしてBOXと憑
かれたようにライヴ活動を続けていっ
た。「全て満足のいくライヴじゃあな
かったけど、今、考えてみると、この
時のステージでの経験は、役に立って
いると思う。」と佐谷は語る。

 82年、合宿を終えた後のモダンドー
ルズは、メキメキ、ポップに変身して
いく。この時すでに、博多の音楽シー
ンが、MODS=スタンディング&握挙
からポップ&ダンスヘと移行して行く
のを感じとっていたのかも知れない。
素敵なハニーキャット、テレホンジャ
ンキー、バレンチノを気取って、踊り
子ロックなど、現在のM−DOLLZの格
子をなす曲が、ぞくぞくと作られてい
く−方、博多で核をなすバンドのひと
つとなり、Do the Do→サーカス→東京
ツアーそしてピクチャーシートレコー
ド発売へと展開していくわけだ。

 '82 Do the Do、'83 ロックンロール
サーカスについては、本誌11号を参照
していただき、東京ツアーは、次のコ
ーナーで、佐谷自身と新宿ロフトでの
目撃者に語つてもらおう。
 東京へは?(プロにならないのか?)
と尋ねると、「まだ博多でやるべ事が
残っているからね。これを終えた後で
話があれば、その時に考えますよ。」
と応える。博多に一体するべき何が
残っているというのだろう。以前のイ
ンタヴューで彼が語ったのを思いだす。
「アンダーグランドでメッセージの強
い曲をやったとしても50人の前でやっ
てたんじゃ意味がないと思う。例えば
核戦争反対と叫ぷにしても、50万人の
前でメッセージした方が効果はあると
思うし、その為にも俺達は絶対売れる
必要がある。」又は、「博多の街を歩
いているのも俺達にとっては練習なん
だ。」と。

 ポリシーの有無でバンドの優劣を語
ってしまう風潮があるが、そのポリシ
ーの存在をバンド以外の誰が確認でき
るのだろう。これはあくまで、結果で
しか判断出来ない事柄ではないのか?
現在のモダンのステージを見て、POP
になった、踊りやすくなったとだけ感
じる以外に何かを感じとれるキッズが
どれくらいいるだろう?現状の日本の
中で問題意識あるいは危機感を持ちて
ロックをやれるバンドは少ない。しか
し街を歩くといった日常の中にも確か
にロックは存在するのだ。ギグをやる
度に同じ顔ぷれが集まって来てしまう
博多の状況。モダンの伝えたがってい
るメッセージは、さらに大量の人を必
要としている。その為に、Modern Dol
lzはPopであり、東京へツアーを行ない、
レコードを作るのだと解釈したい。

 「ロックって何だと思いますか?」
佐谷が聞いてきた.「ある人には目的
で、ある人には手段だよ。」と応えた
が、これは実は、答にはなっていない。

 読者に−言とリクエストすると----
「大切なものを、もっと本当に大切に
して欲しいと語った。」
 そうだ俺連は何時も無くした後で、
それが大切なものだったと気付くのだ。


■'83.8.28/東京出発直前、Blue-Jugオ
フィスに立ち寄ってくれた。見送りの
ファンもかけつけて、全員で記念撮影。


■'83.9.26/Blue-Jug表紙撮影。
やはり緊張ぎみのM.DOLLZ。
Radio Cityにて


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